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Home / Impression / 今、健治から聞きたい、直接聞きたい10の真実!


2009年11月をもって、ドラムの玉ちゃんが3B LAB.☆Sを脱退しました。その経緯を改めて教えてください。

プロの世界は厳しかったということだと思います。楽しいだけじゃできないのが、プロの世界ですから、やっぱり実力を試される。色んな面で、レコーディングにしろ、ライブにしろ、よくないステージやよくないことをしたら怒られる。なぜなら僕たちはプロだし、怒られちゃうから、その重圧に耐えられなかったのかなって思う。現実逃避して、玉ちゃんが脱退した。


僕らも優しくもしたり、そして厳しく、色んなあの手この手を使って接してきた。やっぱり厳しかったのかなぁ・・・。
音楽ってね、同じ釜の飯を食ってるわけですから、そこで逃げないでやっていくのもそうだし、だけどそれが苦しくなって逃げるのも選択肢の一つだと思う。だから玉ちゃんには幸せになって欲しいと思うし、僕たちは心から応援しています。


今後、3B LAB.☆Sはどうなっていくのですか?

3B LAB.☆Sは、ビクターを6月いっぱいで移籍というかたちで、ロックフォードレコードに所属することになりました。
僕のヘソクリから作った会社ということで、色んな新人とか、色んな夢を持ってるミュージシャン達にプロの世界を体験してもらいたい。制作、立ち回り、声の出し方、体調管理もそうですし、そういうものを全部含めて、音楽は楽しいだけじゃ続けていけないよということを教えていく会社にしたいなと思っています。


3B LAB.☆Sは特にガッツリ作っていこうかなと。3人エンジニアがいるからね、ちょっとバランスの悪いエンジニアがここ(修司)にいますが・・・(笑)
音源を制作して、2011年には我が社から#6をリリースしたいと思っています。


岡平健治は6月末をもってレコード会社、事務所を卒業しますが、その重大な決断を下した経緯は?

思い出を振り返ってみれば、ビクターの三枝会長が勇退されたっていうのが僕の中で大きくて、15年ビクターにいたんですけど、親父みたいな存在なんですよね。僕はアーティストとビクターの会長っていう関係ではなく、人として大好きな人だった。
その会長が勇退されたということで、すごくお世話になった場所ですから、ビクターを離れて僕もはばたいてみたいなと・・・。そう思って、決断しました。他にも理由はいっぱいあるんですけど、まぁ一番大きい理由はこれかなと思います。


健治が社長のロックフォードレコード株式会社が設立。ロックフォードレコードとはどんな会社ですか?

先ほども言いましたが、夢を与える。新人さんだとか、僕たちもそうですけど3B LAB.☆Sの音源を作っていく、CDをリリースしていく。そういうあったかい会社でありたいなと。あとフリーマーケットをしたりとか。
今考えているのは、僕が今まで着てきた服とかが膨大にあって、チャリティー、寄付したいなと思うんですよ。売り上げの半分とかね、全額じゃないっていうのがミソなんですよね(笑)。運営資金にまわしていきたいな・・・大事です。それであってこその寄付ですから。そういうフリーマーケット企画とかもネット上で考えています。おもしろ企画を僕なりに考えています。


ロックフォードレコードでは健治自身のマネージメントを行わないようですが、マネージメントはどうなるのですか?

僕自身も3B LAB.☆Sのボーカルですけど、岡平健治は・・・ちょっと難しいんですけど、ロックフォードレコードには所属しないんですよ。
ソロの岡平健治と3B LAB.☆Sは別物だと考えて欲しいんですね。ソロの岡平健治のマネージメントを含め、トータルしてマザーランドっていう事務所に所属することになりました。19時代にですね、お世話になった事務所です。


19時代のマネージメント、マザーランドに復帰することを決めたきっかけや経緯を教えてください。

世の中に、僕、19というブランドもそうですけど、岡平健治という音楽を一番広めてくれた事務所かなと思っています。
また人の話になっちゃうのですが、会長も社長も好きですし、音楽を作っていく上で、確かに言い合いとか・・・言い合いはないど、僕も辛い時期もあったんです。
大人になってきて、30歳も超えて、デビューして12年、13年目になって、色々あの時言ってくれていた言葉が今になって分かるんですよね。19の少年には分からなかった、きつかったっていうかね。だけど今でこそ分かる言葉だったりとか、そういうのを振り返ってみて、後悔・・・というよりかは、もうちょっと違った人生を歩めていけたのかなっていうのも思ってるんですね。


それでもう一度タッグを組んで、マザーランドと岡平健治というソロに関して、僕自身もスキルアップをしていっていい音楽をしたいし、いいミュージシャンになりたいなって思うね。ベストパートナーかなと思って、一緒にやらせていただくことになりました。


オフィシャルファンクラブ 「LABORATORY」は終了しますが、今後ファンクラブはどうなるのですか?

岡平 健治ファンクラブ再始動決定です。一日たりともファンクラブは休むことはないということです。名称は「岡平健治 ファン家族倶楽部 アナログ版」です。由来は、デジタル版があるじゃないですか、携帯の。アナログ版は今までと変わらずに。やっぱりデジタルな時代こそね、こういう手紙だったりとかね、物を手にするっていうのがすごく大事。


ファンクラブは一日たりとも休まずにね、運営していけることになって・・・。最初は僕もちょっと不安だったんです。本当に周りのね、スタッフ、マザーランドもそうですけど、僕が6月末まで所属しているビクターミュージックアーツのスタッフの皆さん、千田さんだね、千田マネージャー。本当によくしてくれて、本当に心から感謝しています。


自走ツアーへの意気込みをお願いします。

意気込み?意気込みなんてね、ないんだよ。
あのね、歌うだけだったらいいじゃん、新幹線で移動してさ、トラックで機材運んでくれたりとか。俺自らやるからさ。やることいっぱいあってね、これ意気込んじゃうとね、ちょっと失敗しそうなんですよね。だからいつも意気込まないっていうか、無心。とにかく安全に行って、みんなの街に行く訳ですから。今、28,000キロ旅をしてきて、奇跡ですからね。


ファンのみんなが、心の中で願ってくれてるからね、僕のパワーにもなるし、願いがあまりにも届いてるから、実は何回も助かってることがあって・・・だから僕は意気込みというか、みんなに会いに行くから、みんなも会いに来てっていうあったかい感じの気持ちですかね。気合い入れると怖いからね、うん、そんな感じです。


岡平健治がこの先進んでいく未来の展望は?

人間誰しもそうだと思うんですが、一つ必ず大きい夢を持って生きていかないといけないと思うんですよ。
それは僕にとっては歌を伝えていくというのが、これは単純そうで13年間続けられたというのは奇跡だと思ってるんです。今回のツアーにまた挑戦して、やっていきたいと思います。


日本全国巡って、僕にしかできないことってあると思うんですよ。例えば全国各地の、日本の歌。ちょっとスケール広いけど、文字的にはカタカナで日本の歌って感じなんよね、漢字の日本じゃなくて。あったかい感じの日本の歌をね、全国各地、作っていきたいなと思う。
あと色んな人と音楽を伝えていけたらなって、コラボでもいいと思うし。あと作詞家に頼んでもいいし、作曲家でもいいし、色んなアレンジャーにね。日本の歌を歌っていけたらいいなと。
みんなに会って、喋って、歌って、会話して、夢を実現していこうと思います。この大きなね、壮大な企画、夢についてはね、また改めて報告したいなと思います。


熱きファン家族へ、メッセージをお願いします!

僕はやっぱりね、25っていう数字が大事だと思うんですよ、25周年を迎えて、日々毎年毎年アタックしていくと。誰かが言っていたんですよね、バンドの10年は夫婦の一生より難しい。
重いよね・・・確かに出たり入ったりしてさ、4人になったり5人になったり、元は3人だったり。だからこの3人(3B LAB.☆S現行メンバー)はぶれずに、やっていきたいなと思うんだけどね。25周年、残っちゃったけどアタックしていこう!


最後に・・・

とりあえず頑張ろうよ。意外と僕らはね、移籍だの何だのって、ファンが一番こう不安がってると思うし、ナーバスになってると思うんです。けど僕らはやるしかないから、別に移籍先がなくなったとしても歌は続けるし、そんなの関係ないし、音楽が大好きだから音楽を奏でてるだけで、事務所もレコード会社も後からくっついてくるものですから。
僕たちに興味を持ってもらって、商売になるなと思って拾われる訳ですよ。商売にならなかったら捨てられるという、この厳しい世界でね、こう生きていく訳ですから。


だけどやっていこうよ!ってそこまで言ってるし、そこでビッグにならなくていいみたいなね。オンリーワンでいたいね、一緒にずっと・・・最終的にちっこい所でもいいじゃん。3人でやりたいよね。パンクロックだけじゃなく、アコースティックなライブをしてもいいし、色んなことしていきたいかな。・・・まだまだ先は長いっす!



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